【Q&A】『音地獄』のさなかで状態が悪かったとき、どうやって乗り越えてきた?

ご質問をいただいたので、今回は、僕はまだ音のイライラ感をコントロールできなかったとき、どのようにしてイライラ地獄を乗り越えていたのかについてお伝えしようと思います。
僕はミソフォニア歴が30年以上と長かった人なので、時系列の順番に出してみます。
家庭では、父と殴り合いの喧嘩をしたあと、別々の食事に。
家では、今振り返ると、かなり鋭い音質の音楽を常時聞いていた。精神科に通院して、森田療法を受けるも全く効果なし。
何をやってもうまくいかないので、鬱状態になっていた。
仕事中はイライラにひたすら耐えていた。我慢の限界を超えると、職場の人と大喧嘩。
自己啓発を試したり、スピリチュアルを試したりと、できることをいろいろやっていた頃。
快適な部屋を求めて、引っ越しは20代のうちに合計6回。引っ越し貧乏になる。
自分は神経質で、嫌な音を出す人は無神経だという認識でいた。
隣の住人の壁越しのテレビの音で、毎晩キレそうになっていた。
今の住まいは、約10年住んでいる。足音や、ドアを開け閉めする音もダメだったので、気になる音が聞こえるたびにイライラしていた。
こうやって、改めて書き出してみて気づきましたが、音の不快感に対して、僕はほぼなんにも対処できていませんでした。
嫌な音から逃げるか避けるか、食らうかの、どれかしかしていなかったと思います。
不満は常に抱えていましたが、「これさえやればストレスが発散できる」というような手段を持っていなかったので、気分が悪い時間をずるずると引きずって、時間を無駄にしてしまうことが多かったです。
よくこれで生きて来れたなぁと思う位なので、嫌な音に対して「逃げの一手」しか持たなかった自分は、とにかく無力だったと思います。
つまりのところ、音から逃げ続けた結果は30年以上もミソフォニアのイライラが寄り添い続けたままだったんですよね。
4年前からいろいろな問題がいちどに襲ってきて、自分で考えなければいけないことがすごく多くなりました。
必要に迫られてビジネスを学ぶうちに、ミソフォニアのことも「嫌なことはなるべく考えない」から「嫌だから、どうしたらいいのか考えてみる」という問題解決思考にシフトチェンジしたのが、改善のきっかけになったと思います。
境遇を恨んで、生きるのを諦めたくなって、でもイライラするから考えずにはいられなくて、をずーっと繰り返してきた30年でした。
あまり参考にならないと思いますが、正直に言って音の不快感をどうしようもなかったというのが本音です。
そもそも、この世に「ミソフォニア」という言葉がない時から抱えていた課題だったので、性格が悪くて、狂っていて、人として欠落した自分としか思えませんでした。
今は時代が新しいので、僕の時のように「情報が全くない」という状況ではないと思いますが、どんなに検索してもミソフォニア解決の糸口、「どうすれば?」は見当たらないと思います。
僕自身、ミソフォニアを克服できても、ミソフォニアをテーマにした発信をするのは、とても勇気が必要なことでした。
またミソフォニアと向き合ったら、「また過去の自分に戻ってしまうんじゃないか」と思って怖かったからです。
実際は過去の自分をもっと肯定できるようになりましたし、講座の受講生の方からも感謝の言葉をいただくので、不安を乗り越えて発信して、良かったと思えます。
今回いただいた質問の答えとしては「どうしようもなかった」なので、できればあなたには、僕と同じ道だけは、歩いてほしくありません。
お役に立つか分かりませんが、ミソフォニアの本では、僕自身が役立てた対処法や、クライアントの方のミソフォニア改善に効果的だったことをご紹介しています。