- Q私はかれこれ、ミソフォニアになって20年以上になります。あまりにも気になる音が多すぎて、自分の人生の大部分を台無しにされてきたような感じがします。どこにいて何をしていようとお構いなしの、無神経で大嫌いな人たちが出す嫌な音だらけの世の中。どうしてこんなに無神経な人たちばかりなんだろうと考えると、はらわたが煮えくり返って収まりません。何度も転職していますが、どの職場にも必ず余計な音を出す人がいます。プライベートでの恋愛関係も、相手が嫌な音を出すと分かるとほどなくして終わりを迎えるという繰り返しでした。いっそのこと、誰とも会わないで暮らせる世界に行ってしまいたいですが、それを実行できるほどの経済的な余裕もありません。ミソフォニアのせいで、全てうまくいきません。私はいったい、誰のことを恨めばいいんでしょうか。(男性・40代)
- A
誰かを恨めば解決する問題だといいのですが、ミソフォニアはそうではありません。
音の発生源や境遇を恨む前に確認していただきたいのは、「課題の分離」ができているか、という点です。
極論に走りがちな人ほど知っておきたい「課題の分離」
課題の分離とは、同時に抱えた複数の悩みを「それとこれとは別の話」と、自分の意識で引き離すことです。
うまくいかないことのひとつひとつを、明確に区別することが出発点になります。
具体例で考えてみます。
「余計な音を出す人が、どこに行ってもいる」
↓
「余計な音を出すこと」と「その人自身の人格」は別々の問題です。なぜなら、思いやりのある人でも、無意識に音を出すことはあるからです。
↓
「どこに行ってもいる」と感じてしまうけれど、「いない場所もある」のが事実です。
要するに、自分が不愉快な気分になることを、乱暴なまとめ方から丁寧な分け方に変えましょう、ということです。
あなたが不快に感じる音を出す人の内訳を想像すると、本当に無神経な人もいれば、そうではない人も両方いるはずです。「無神経な人ばかり」という大きな括りで捉えると、いっそう苦しくなるのは自分自身です。
より事実に近い解釈はこうです。
「無神経な人もいれば、そうではない人も、あなたが不快に感じる音は出す。」
全否定は、自分にも相手にもデメリットしかない
ミソフォニアの反応がある人は、嫌だと感じる音を出す人のことを「他のことも全部嫌い」と決めつけてしまう傾向が見られます。
たしかに、嫌な音を出す人が、他にも不愉快なことをしている場合もあるかもしれません。ただ「気になる音を出すこと」と「別の不愉快な出来事」は、あくまで別件の出来事です。
明確に分けて考えられるようになると、日ごろから世の中に対して感じている不平不満への意識にも、少しずつ変化が生まれます。
自分の内面に抱えた課題と、社会が抱えている課題を混ぜ合わせてしまっている場合、消せるはずの火に油を注ぎ続けているのと同じことになります。
まとめ
理不尽さをわざわざ自分でエスカレートさせるメリットは何もありません。
過去を恨むよりも、今からできることに目を向けてみてください。「課題の分離」は、最初から完璧にできなくて大丈夫です。ひとつの出来事に対して「これとあれは別の話かもしれない」と気づく練習を、少しずつ積み重ねていくことが始まりになります。
もう少し深く知りたい方へ
ミソフォニアの反応の仕組みと、日常での向き合い方についてお伝えしています。
無料メルマガ「音と反応のはなし」
反応が起きる仕組みと、現状を変えるための視点をお届けしています。登録後すぐに、書籍『ミソフォニアの静めかた』の序章〜第3章(PDF)をプレゼントします。 → メルマガに登録する(無料)
書籍『ミソフォニアの静めかた』
反応の仕組みの理解から、日常での関わり方の整え方まで、デジタル書籍(PDF)でまとめています。 → 書籍の詳細を見る
関連記事
【Q&A】ミソフォニアのせいで、人生メチャクチャです。全部投げ出してしまいたいです。
ミソフォニアあるある

コメント