ミソフォニアの相談を受ける中で、イライラする音に対して「嫌だと思う理由」を聞くと、こんな答えがよく返ってきます。
- 余計な音は、必要以上に出さないのが品位の高いことだ
- ガサツな人が大嫌い。だからガサツな人の出す音にイライラする
- 行儀が悪すぎる。マナーがなっていないから嫌だ
- 生理的に受け付けない音だから嫌だ
気持ちはよく分かります。ただ、これらの理由はミソフォニアの反応の「本当の理由」からは大きくズレています。
なぜズレているのかを一つひとつ整理しながら、最後に本当の理由をお伝えします。
①「余計な音」「迷惑な音」だと決めたのは誰?
たしかに、大きな咳の音や容赦ないくしゃみの音は、ミソフォニアでない人にとっても気分の良いものではありません。風邪をうつされそう、単純に音量がうるさい、といった理由から多くの人が不快に感じます。
ただここで起きているのは、「一般的に感じる迷惑」と「自分の特殊な感覚による不快感」を無意識のうちに混ぜてしまっていることです。
本来この2つは別々に考えるべきものです。「誰が迷惑するでもない」状況であっても、その音に強く反応してしまう場合、それはミソフォニアの条件反射によるものです。「迷惑な音だから」という理由とは切り離して考える必要があります。
②「ガサツ」の基準は誰が決めている?
ドアを乱暴に閉めるクセがある人など、「必要以上に大きな音を出す人」を「ガサツな人」だと判断するとき、その基準はいつも自分自身です。
ただし、あなたよりもさらに細やかな神経を持つ人から見れば、あなた自身が「ガサツな人」に見えるかもしれません。
「ガサツ」はどこまでも主観的な評価です。そしてミソフォニアの反応は、相手がガサツかどうかに関係なく起きます。相思相愛の恋人の出す音でも、尊敬している人の出す音でも、反応は起きます。「ガサツだから嫌い」という解釈では、この事実が説明できません。
③「行儀」「マナー」「常識」は一律ではない
「行儀が悪い音だから嫌だ」という解釈も、ずれが生じやすいです。
たとえば、日本蕎麦の食べ方においては、音を立ててすすることが料理人への賛辞とみなされます。これが日本蕎麦における「行儀の良さ」です。麺をすする音に強く反応する方は多いですが、その音を「行儀が悪い」と一概に言えない場面があるわけです。
常識・マナー・行儀は、場所や文化によって変わります。ミソフォニアの反応の理由として使うには、根拠として弱い説明です。
④「生理的に無理」は説明になっていない
「生理的に受け付けない」という表現は、自分の感覚を言葉にするのが難しいときに使われることが多いです。
ただ、これは理由の説明ではなく、「うまく言葉にできないけれど嫌だ」という状態を表しているに過ぎません。なぜその音に反応してしまうのかの説明としては、具体性がありません。
では、本当の理由は何か
上記の4つの解釈に共通しているのは、「音への反応を、自分の価値観や好き嫌いで説明しようとしている」ことです。
しかし実際には、ミソフォニアの反応は条件反射の仕組みで起きています。特定の音と強い不快感が繰り返し結びついた結果、脳がその音を「危険なもの」として記憶するようになり、意志とは無関係に反応が起きるようになります。
「その人が嫌いだから」「行儀が悪いから」「生理的に無理だから」ではなく、「過去の体験が積み重なって、その音への条件反射が形成されてしまったから」というのが、より正確な説明です。
この仕組みを理解すると、「なぜ特定の人の音だけに反応するのか」「なぜ意志で止められないのか」という疑問にも答えが見えてきます。
まとめ
品性・ガサツ・行儀・マナー・生理的といった理由は、条件反射で湧く不快な感情とは直接関係がありません。「特定の音でイラつく理由」を探して、紐づけられそうなものを当てはめてしまった結果です。
知識不足・情報不足がもたらした解釈なので、そう考えてしまうこと自体は仕方のないことです。ただ、本当の理由を理解することで、自分の反応への向き合い方が変わってきます。
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